いつ,どれくらい働いたのかを証明しないといけないのは労働者!

残業代請求は,労働時間に対応して払われるものですから,労働時間がわからないといけません。そして,労働時間を証明するために必要な主張立証をしなければならないのは会社ではなく、労働者なのです。労働者としては,立証できなければ負け(残業代は請求できない)ということになります。この点はとても重要です。

例えば,会社がタイムカードやICカード等を導入していなかったとか,日報制度もない等の理由で,それまでにどれくらい働いたのか全くわからないけど,毎日遅くまで働いていた,と言う場合,自分で残業時間の記録を取ったりして,証拠を用意しないといけません。以下で具体的にご説明します。

労働時間の証明ってどれくらい難しいの?

裁判所は労働時間の証明のハードルは相当程度に高いと考えていると思います。

裁判所に,「毎日残業してたんです!」とだけ主張しても,裁判所からは「そうですか,それで,何月何日の何時から何時まで,休憩はどれくらいで働いたんですか?」と言われてしまうのです。

もちろん労働者は自分が残業していたことを経験しているわけですから,証明資料がない,あるいは弱いからと言って,裁判所が自分が言っていることを信じてくれないと歯がゆいところがあるでしょう。

ただ,裁判所は労働者を言っていることを信用していないというわけではもちろんありません。むしろわざわざ裁判までしている以上,「残業はしたんだろうな」と思っているのが普通だと思います。

ここで裁判所は残業代請求について判決をするときに,判決書に最低限何を検討しなければいけないかというのをイメージすると合点がくるかもしれません。

まず裁判所は,労働契約があったこと,月給がいくらで,そのうちのいくらが基本給といえるかを認定します。

その後に労働時間がどれくらいか,つまり残業を認定します。この労働時間の認定は,例えば「月に大体50時間くらいは残業していた」「週末は4時間くらい残業していた」「1日当たり1時間程度の残業はあった」等のように,いわば曖昧な認定はしづらいというか,できないのです。

裁判所が労働時間を認定するときには,何月何日,何時から何時まで勤務し,何時から何時まで休憩していたのか,というのを1日ごとにいちいち認定しなければならないのです。

このように裁判所は厳密に労働時間を認定するので,裁判上の労働時間の証明はハードルが高いと考えられているのです。

一般的に必要とされる資料の例は?

一番資料として裁判所を説得させやすいのは,なんと言ってもタイムカードやICカードの記録でしょう。

これらは1日ごとに経時的に作成されるのが一般的ですし,何月何日の何時何分から何時何分まで働いていたことが正確に記されていますし,前提として会社がその内容をチェックしていることになっていることから信用性が高いといえるからです。

その他にも業務日報,トラックの運転手さんであればタコメーター等が資料として一般的な例といえるでしょう。

会社が労務管理をしていなかった場合はどうする?

会社がしっかりタイムカードやICカード等の勤怠管理システムを導入して運用していれば問題ありませんが,導入もしていないし,また導入していてもきちんと運用がされていない場合,例えば,上司から「残業するときは定時でタイムカード切ってからにしろよー」とか言われていたり,そういう空気になっていたりする場合にどうすればよいでしょう。

自衛手段を取るしかありません。

会社で仕事をしているときに,後々残業代請求をする準備をするのも気がすすまないでしょうが,何月何日,何時から何時まで働いたのかどうか,休憩は何時から何時まで取ったのか,できればどんな仕事をしたのかまで記録を取っておく必要があります。本当は会社がしなければいけないことですが,会社がちゃんとしてくれない以上仕方がありません。

もちろんせっかく作った記録やメモでも,その記録の内容が信用できるのかは裁判で問題となることがあります。ですから,できるだけ実際の業務内容を詳細に記載しておくことが必要です。他には,記録を職場の仲間複数で作成して,誰かが別の仲間に確認してもらうとか,仕事終わりに使用しているパソコンの画面を時計と一緒に撮影するなどの工夫が必要になるでしょう。

また今はGPS機能等と連動して労働時間を記録するスマートフォンの無料アプリもあります。

周辺事情から労働時間が推認できる場合もある。

今までご説明したような厳密な証明方法がなくても交渉で有利に話を進めることができる場合もあります。例えば,飲食店に勤務しており,少なくとも開店から閉店まではお店にいたことは間違いない等の事情があったり,いつも毎日最後まで勤務していたアルバイトの人と一緒に退勤をしていたことがそのアルバイトの人に説明してもらえる場合等,いろいろと考える余地があります。

労働時間の証明のハードルは高いことを認識しつつ,その中でこちらに有利に交渉を進めるにはどうすべきかを考えなければなりません。

会社が労務管理をしていなかった場合,労働者に有利な面もある。

会社がしっかり労務管理をしておらず,労働者側でしっかりした記録を取っていた場合,労働者に有利になる面もあります。

それは,労働者側の労働時間の主張に対して,会社が反論する方法がほとんど考えられないということです。

労働者側が,何月何日,何時から何時まで,こういう業務をしていたという一応の証明ができた場合,会社からよくある反論として,「よくサボってました」「よく昼寝してました」「人に命令するばかりでボーッとしてました」とか,抽象的な主張がされることがあります。

しかし,そのような反論にはほとんど意味がないのです。会社からは労働者側の主張に対して「その日の何時から何時までは,そんな仕事しておらず,昼寝してました。その仕事は誰さんがやっていました」等,日ごとに具体的な反論をしないといけないのです。後からそのような細かい反論や証明をするのは事実上難しいといえるでしょう。

とはいえ,やはり残業をしていたことを主張立証すべき責任を負っているのは労働者側です。会社が労務管理していないとしても,労働者側の証拠が弱ければ,裁判所としても証拠に基づかない事実は認定したくてもできない(証拠裁判主義)ため,結局,残業代請求が認められないということになります。

最後に

以上のように,タイムカードやICカードの記録等があれば一般的に労働時間の証明は可能ですが,それがない場合には労働時間の証明方法を工夫しなければいけません。

最終的に労働時間を判断する人は,法律家である裁判所ですから,弁護士に相談して証明の可能性や方法を模索しましょう。