固定残業代(みなし残業代)とは?

一定額の決まった金額を残業代として支払うことは固定残業代(みなし残業代)制度と呼ばれています。採用している企業も多く、その適法性は長年に渡って議論の対象となってきました。

固定残業代(みなし残業代)の支払方法は、基本給の中に一定金額が残業代として組み込まれているとされる「組み込み型」と、基本給とは別の名称(例えば「固定残業手当」等。)を固定残業代(みなし残業代)として支払う「手当型」の2種類があると整理されています。

固定残業代(みなし残業代)制度自体は違法ではない。

割増賃金について定めている法律は労働基準法37条等ですが、固定残業代(みなし残業代)制であっても必ずしも労働基準法37条等に違反するものではないということは最高裁が認めるところです(最判平成30年7月19日労判1186号5頁等)。

実際にこのコラムをお読みの皆さんの給与明細を見たら、「固定残業代(みなし残業代)」とか「定額残業代」等の名目で一定の金額が支払われていることも多いと思います。

「営業手当」とか「業務手当」とか書いてあるけど、固定残業代(みなし残業代)が払われているか分からないよ、という方もいるでしょう。

その場合は雇用契約書か、就業規則を見てみましょう。「『●●手当』は、残業代として支払う」というように、実は残業代として支払われている手当があったりします。

最近は、残業代をテキトーに支払う会社が増えてる??

固定残業代(みなし残業代)制の話と少しずれますが、最近よく見かけるのが、どうしてこの金額になったのか全く分からない残業代の支払いをしている会社があるということです。

毎月、残業代とか、深夜手当とか、休日手当とかの名目に適当に金額を振り分けて支払われているのですが、

どうしてこの金額になったのか全然分からない。これは弁護士が見ても全く分からないくらいです。

こういう支払い方をしている会社は、基本給を低く抑えているところが多いです。

つまり、その時々の気分というか、売上の増減によって、適当に形式的な「残業代」を支払っていて、たまたま本当の残業代を上回っていれば、残業代支払っているのだから文句ないだろうと言ってくるのです。

主にトラックやタクシーの運送業等にこのような計算方法をしている会社が多いように見受けられます。

このような計算方法だと、労働時間に応じたお金が支払われているわけではないので、会社としては労務管理をしないで、残業をたくさんさせても痛くもかゆくもないわけですから、残業代を支払わせることによって労働時間を抑制しようとした労働法の趣旨を没却してしまいます。

私は、このような支払い方についても許さないというのが裁判所の流れになっていくと思います。実際、後述する最高裁判例の考え方に当てはめると、残業代に当たらないというべきであると考えています。

どんな場合に弁護士に相談すればいいの?

さて、このコラムを見て下さっている方は、「本当は支払われるはずの残業代が支払われていないんじゃないか?」と不安になっている方だと思います。

いろいろな法律事務所やら労基署やらのサイトを見て、残業代の計算方法や法律上の問題点を見てみたものの、よく分からない所があると思います。

しかし、そもそも賃金というのは、労働者の方にもどのような計算方法で支払われているのか明確にわかりやすく明らかにしなければならないというのが法律の建前です(労働基準法37条をご参照下さい。)。

ですから、労働者の方が不安になっている時点で会社に問題がある場合が高いと考えられます。

そこで、

①毎日1〜2時間程度(またはそれ以上)の残業があるのに、

②自分では残業代が支払われているのか分からない。

という場合であれば、まず弁護士法人エースにご相談いただくのが良いでしょう。

残業代の計算方法を不明確にしている会社は怪しい!

まず、正しい残業代を支払っている会社は、計算方法を労働者の方にもよく分かるようにしています。例えば、給与明細書上にかなり詳細に計算式を示してくれています。機械的に労働時間を管理し、それによって自動的に残業代が計算されるようになっているのです。

しかし、このように計算方法を明確にしていないのであれば、計算方法が間違っていたり、そもそも計算していなかったりすることが多いです。その場合、仮に固定残業代(みなし残業代)制を採用していたとしても、法律的にしっかりした制度が構築されておらず、法的に有効なものではない可能性が相当程度あります。

例えば、会社が「どうせ毎月少なくとも50時間は残業させるんだし、毎月100時間分の残業代を払っておけばいいだろう」と安易に考えている場合です。そもそも毎月100時間残業する前提の残業代支払の約束なんて無効です。このような残業時間は、いわゆる過労死ラインすら優に越えているからです。実際、長時間労働を前提にする固定残業代(みなし残業代)制度を無効にするいくつか高裁判例が出ています。

また、そもそも会社も残業代として支払っているのかよく分からない手当がある、ということもあります。

「営業手当」とか「業務手当」とか「皆勤手当」とか「●●手当」という名目の支払は、すごい給料計算を適当にやっていそうな会社だったら、かなり怪しいのです。

最近の裁判所の考え方は労働者寄り!?

近時、日本ケミカル事件と呼ばれる最高裁判決が出ました。この最高裁判例については別のコラムでも述べているので、詳述しませんが、この判決で画期的なところは、「その手当は残業代として支払われたものだよね!」とみんなが納得できるような支払でないと、残業代として支払われたとは言えないということになります(だから改めて残業代払え、ということになります。)。

これはどういうことかといいますと、会社が、単に「残業代」という形式的な名目で支払っているだけでは、残業代を支払ったとは言えないということです。本当に残業代に対する対価として支払われているのか、支払の計算方法や契約の内容から誰もが納得できるような場合にだけ、残業代を払ったことになるということです。

ですから、毎月100時間働かせているのに30時間分の固定残業代(みなし残業代)しか支払っていない場合や、逆に毎月30時間しか残業をしていないのに毎月100時間分の固定残業代(みなし残業代)を支払っている場合も、外から見て残業代として支払っているのか疑問なので、残業代が全く支払われていないと評価される場合があるのです。

ここまでは過去のコラムで述べましたが、つい最近、上記の日本ケミカル事件の流れを決定づけるような最高裁判例が出ました。

国際自動車事件です。令和2年3月30日に最高裁判所の第一小法廷で下された判決です。少々簡略化してご説明しましょう。

国際自動車のタクシー運転手の給与体系は、固定給と歩合給の2本立てとしていました。そして、残業代を、歩合給から差し引くという計算をしていました。

この計算が、残業代を支払っていないのと同じになってしまい、おかしいのではないか?というのが出発点です。

例えば、Aさんは歩合給10万円で、残業代が10万円だと、支払われる歩合給は結局0円になります。一方でBさんは歩合給10万円で残業代が5万円だったら、支払われる歩合給は5万円となります。

このように、残業をした方が、支払われる給与が少ないということすら生じる給与体系だったのです。

東京高裁は、これについて、形式的に残業代として支払われているのだから、良いのだ。という判断をして、タクシー運転手側が敗訴し、これに対する上告に対する判決が今回の最高裁判決です。

最高裁は、形式的に「残業代だよ。」と言って支払うだけでは残業代とはいえず、その中身が「残業代」でな畔はならないと言いました。そして、中身が本当に「残業代」なのかを検討するためには、「労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならない」と指摘しました。この点が、上述した日本ケミカル事件の考え方と同じです。そして、具体的には以下のように指摘して、労働者側を勝訴させました。

歩合給から残業代を差し引くという支払方法は、会社が払うべき残業代という経費を、労働者に負担させているのと同じなので、残業代と言えないとしたのです。

つまり、自分が稼いだ歩合給で、自分の残業代を払っているようなもので、会社が残業代という経費の支払いを免れているのと同じだということです。そうすると、いくら残業させても会社は残業代を負担しないので、残業しないように労務管理することがなくなって、残業を抑制しようとした労働法の趣旨を没却してしまいますね。

さらに、最高裁は、そもそも歩合給から差し引かれる残業代は、もともと残業さえなければ歩合給として支払われるものだったところ、歩合給のうちどの部分を残業代として差し引いてるのかもよく分からないので、そもそも残業代と通常の賃金の区別すら付かないとダメ押しをしました。これは昭和の時代から、固定残業代(みなし残業代)制が有効といえるために必要とされる明確区分性の要件について述べたものです。

元々、明確区分性の要件は、上述したように、残業代と基本給が明確に分かれていなければならない、というルールでした。

ところが最近では、「残業代」として支払われたものの中に、残業代以外の趣旨の支払いが混じっていてちゃんと切り分けられない場合に、明確に残業代であるといえないという意味で明確区分性がないという判断がされるようになってきました。明確区分性が「残業代」という名目中にも当てはめるということです。

例えば、(固定)残業代の中には、精勤手当と営業手当も混じっていて明確に残業代部分がどこなのかわからないという場合です。その考え方を最高裁も取っていることがわかります。

今の最高裁判例の考え方のポイント

少々難しくなりましたが、このように今の最高裁の流れはポイントは、

「会社がどういう理屈で残業代を支払っていることを明確に説明できなければ、残業代はまだ支払っていないことにする!」

ということです。

固定残業代(みなし残業代)制と通常の残業代の支払の制度上の差は無くなってきている

今までの説明で気付かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、途中から固定残業代(みなし残業代)制かどうかというのは問題は、残業代の説明においてあまり関係がなくなってきていました。

というのも、今の裁判所の考え方は、固定残業代(みなし残業代)制だろうが、普通の残業代制だろうが、「賃金体系全体をみて、実質的に残業代が払われているのか」という同じ問いの立て方をするからです。法律的にいうと、対価性の要件が主な問題となっています。

残業したからには、その分の残業代が支払われているのかを検討するというごく当たり前のようなことなのですが、最近までは、基本給部分と残業代部分が形式的に分かれていれば、裁判所も「それは残業代だよね。残業代じゃなかったらなんなの?」というスタンスでした。

労働者側としては、「何なのか分からないから残業代じゃないって言ってるんだけどな。」と考えていましたが、認められなかったのです。

上述した例ですが、特に計算せずに適当な金額を形式的に「残業代」として支払っていても、労働時間に応じた金額を支払っていなければ、たとえ多く支払っていても「残業代」として支払っていたことにはならないということになると考えています(この点は明確な裁判例は見当たりませんでした。)。

最働き方改革を始めとする労働者の方の権利の保護の流れが、裁判所にもしっかり押し寄せているということです。

最後に。弁護士に相談した方が良いケースは?

いろいろお話しましたが、法的な分析は弁護士法人の仕事です。きちんと残業代が支払われているかどうかは、残業代請求に精通した弁護士であれば、資料がある程度あればすぐに判断できることがほとんどです。

ですから皆様は、

①毎日1〜2時間程度(またはそれ以上)の残業があるのに、

②自分では残業代が支払われているのか分からない。

という状況であれば、残業代請求に精通している弁護士法人エースに一度ご相談下さい。