1 固定残業代とは?

会社に残業代を請求したところ、「固定残業代として毎月の固定給の中で残業代を払っているので、これ以上払うべき残業代はない。」と言われ、残業代の支払いを拒否された、というケースがよくあります。

このような会社の主張は認められるのでしょうか?

まず、固定残業代とは、一定時間分の残業(や休日労働・深夜労働)に対して、固定額を支払うものとあらかじめ取り決めて支払われる割増賃金です。「みなし残業代」とも言われますが,名称に決まりはありません。

このように残業代を定額支給にすることは、会社にとっては残業代の計算の手間が省けるというメリットがあり、労働者側にとっては、たとえ実際には残業をしなかったとしても残業代が払われるという点でメリットがあります。

このような残業代の支払い方それ自体が否定されるものではありませんが,この「固定残業代」を理由に、本来支払うべき残業代を支払わないなど、残業代の支払いを免れるための隠れ蓑にする会社もあります。

2 有効な固定残業代の規定とは?

先述のとおり,会社は,「固定残業代を払っているから,これ以上払う残業代はない」という理由で,残業代の支払を拒否することがあります。

皆さんが会社に残業代を請求したときに,会社から上記のようなことを言われた場合には,以下の点を確認する必要があります。

・そもそも,固定残業代についての規定が,就業規則や賃金規程,あるいは雇用契約書や労働条件通知書などに載っているか?

・規定があるとして,その内容が有効か?

〈就業規則等による周知と,基本給と明確に区別した固定残業代の規定が必要〉

まず,固定残業代が有効なものであるためには,会社がきちんと,就業規則や賃金規程,あるいは雇用契約書や労働条件通知書等の,従業員の目に見えるかたちで,固定残業代についての規定を明記しておかなければいけません。

そして,その規定の内容としては,たとえば,「基本給〇〇円,固定残業代〇〇円(残業代30時間分)」「月給〇〇円(30時間分の固定残業代〇〇円を含む)」というように,何時間分でいくらの固定残業代が含まれているかまで明記されている必要があります。

したがって,「月給〇〇円(固定残業代を含む)」という表記では足らず,固定残業代の規定としては無効ということになります。

これは,何時間分に相当する固定残業代がいくら支払われているか明確にできないと,それを超過する残業代が支払われているかどうか判断できないためです。

〈手当が時間外労働に対する割増賃金の対価という趣旨で支払われていることが必要〉

固定残業代が有効となるためには,固定残業代として支払われている手当が,時間外労働に対する割増賃金の対価という趣旨で支払われていることが必要です。

例えば,固定残業代として支払うとされている手当の計算方法が,会社の業績や,歩合給のように個人の売上等の成績に比例したものになっている場合には,時間外労働に対する割増賃金の対価としては認められません。これを,「対価性の要件」と言います。固定残業代として設定された残業時間に対して,労働基準法に従って計算した割増賃金(法外残業について通常賃金に加え2割5分,法定休日労働について通常賃金に加え3割5分,深夜残業について2割5分など)に相当する手当でなければ,対価性の要件を満たさない可能性があります。

また,あまりに長い残業時間を前提とした固定残業代についても,「対価性」の要件を欠くものとされています。

例えば,基本給として月額24〜25万円,営業手当として17万5000円〜18万5000円が固定残業代として支給されていた事案(「マーケティング・インフォメーションコミュニティ事件」東京高裁平成26年11月26日判決)において,裁判所は,固定残業代として支給されていた営業手当から月あたり何時間分の残業時間に相当するものか逆算したうえで,「おおむね100時間の時間外労働に対する割増賃金の額に相当する」とし,「36協定において延長できる労働時間の上限は告示により月45時間と定められていることから、法令の趣旨に反する恒常的な長時間労働を是認する趣旨で本件営業手当の支払が合意されたとの事実を認めることは困難であるため、本件営業手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有するとは解されず」,その他,割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分の区別が明確でないという点も踏まえて,固定残業代としての有効性を否定しています。

〈固定の残業時間を超過した分は支払わなければならない〉

固定残業代の規定において明示された残業時間を超過して残業した場合には,会社は超過分の残業代を支払わなければいけません。これに反して,「〇〇時間を超えて残業した分の残業代は支払わない」と規定されている場合には,労働基準法に違反する規定として,固定残業代に関する規定自体が無効となります。

さらに,上記のように超過分の残業代は支払わないという規定まではなくても,実際に固定残業代の規定で想定している残業時間を大きく超過する残業が常態化しているにも関わらず,超過分の残業代が支払われていない場合には,固定残業代の規定自体が無効となる場合もあります。

3 固定残業代の有効性が否定された場合

会社が固定残業代として支払っていると主張している手当が,固定残業代としての有効性を欠く場合,未払い残業代の計算方法はどうなるのでしょうか。

手当が固定残業代の支払として無効とされた場合,その手当は,未払い残業代を計算する際の「基礎賃金」に含めて良いことになります。

さらに,手当は残業代の支払として無効であるため,残業代の既払い(会社が既に支払った残業代)としても認められないことになります。

例えば,月給33万4500円でその内訳が「基本給25万9500円+固定残業代7万5000円(残業40時間分)」という給与の設定で,固定残業代が有効である場合,残業時間が50時間であった場合には,未払い残業代は以下の計算により1万8750円となります。(※深夜や法定休日労働はないものとします)

25万9500円÷173時間(月の所定労働時間)×1.25(割増率)×50時間−7万5000円(既払い金)=1万8750円

これに対して,例えば,月給が33万4500円でその内訳が「基本給17万3000円+固定残業代16万1500円(残業130時間分)」という規定で,固定残業代が無効とされた場合,50時間残業した場合の未払い残業代は以下の計算により12万0845円となります。(※深夜や法定休日労働はないものとします)

33万4500円÷173時間(月の所定労働時間)×1.25(割増率)×50時間−0円(既払い金)≒12万0845円

このように,手当が固定残業代としての要件を欠く場合,①手当が未払い残業代を計算する際の基礎賃金に含められる,②手当が残業代の支払として無効であるため既払いにならない,という2つの効果があり,未払い残業代の金額に大きな差が出ることになります。

4  「固定残業代を払っているのでこれ以上残業代は出さない」と会社から言われたら?

以上のとおり,固定残業代が有効と言えるかどうかによって,未払い残業代の金額が大きく異なってきますし,有効性の判断には過去の判例も含めた専門的な知識が必要となります。

会社から,「固定残業代を払っているのでこれ以上残業代は出さない」と言われた方は,ぜひ一度,弁護士にご相談ください。