そもそも時効とは?

退職金を除く賃金の請求権は2年で時効にかかってしまいます。残業代も賃金ですから,2年で時効にかかることになります。ここでいう時効とは,正確には消滅時効といい,労働基準法15条で定められています。なお,退職金の請求権の時効は5年です(労働基準法115条)。

では,賃金の請求権の消滅時効について,どこから2年かというと,賃金の支払い期日の翌日から2年です。ですから,月給制の人は毎月1回の給料の支払い日から2年間ということになります。例えば,締日支払日が毎月末締め翌月5日払いの場合には,平成31年1月1日から同月31日までの賃金の支払日は同年2月5日となり,そこから2年間を計算します。同じように同年2月分の時効は同年3月5日から計算しますから,毎月の賃金ごとに時効が計算されることになります。

消滅時効2年が進行してしまうことを,時効が「完成」したという言い方をします。しかし,消滅時効が完成しただけでは,賃金請求権は消滅しません。使用者が,消滅時効の主張をして初めて消滅するのです。この主張のことを「時効の援用」といいます。

2年間経ったら絶対に時効で請求できなくなってしまうの?

そんなことはありません。法律はいくつか時効が完成するのを止める方法を用意しています。代表的なものは,使用者が消滅時効を援用せずに,請求権があることを認めたり,一定金額の支払いをしてくると,そこで時効の進行がリセットされます。つまり,そこから2年間となります。これを「債務の承認」といいます。

また,こちらから「○月分の賃金を請求しますよ!」と使用者に連絡すると,そこから6か月間は時効の進行が止まります。これを「催告」といいます。連絡をしたことはしっかり証拠に残しておく必要があるので注意してください。裁判例では,この催告による6か月の猶予について,労働者から何らかの回答があるまでは進行しないと判断した裁判例もありますから,場合によっては6か月以上,時効が進行しないといえる場合もあるということになります。

その他にも,使用者が残業の事実を隠蔽する等の違法行為をしていた場合に,消滅時効の主張をすることが権利濫用等によって許されないこともあります。

3年分請求できるって聞いたことがあるんだけど

賃金の時効は2年間と決まっていますから,おそらく不法行為での請求のことをおっしゃっているのだと思います。

民法上の不法行為に基づく損害賠償請求として,賃金相当額を請求するという法律構成は理屈上はあり得ないものではありません。

しかし,賃金あるいは残業代の規定が労働法で特別に規定されている以上,残業代の請求が,一般的な法律である民法に定められた不法行為責任が認められる場合というのはかなり限定的だと考えるべきです。例えば,ことさらに出退勤時刻の記録をさせずに時間外労働を命じていたことについて不法行為責任を認めた裁判例もあるにはありますが,今の裁判実務では認められるのはかなり難しいでしょう。

労働基準法の改正によって消滅時効が伸びます

民法の改正によって短期消滅時効の規定が廃止され,債権の時効は一部を除いて5年に統一されましたが,それに合わせる形で労働基準法115条を改正し,賃金の消滅時効を5年とするかどうかが現在議論されています。

5年となると会社に対してかなり大幅な労務管理実務の改変を促すことになりますが,一方で現在の日本の労働環境に照らすとあまりにラディカルな改正であり,小さい会社や個人事業主の倒産の危険が増大する等の意見も出されており,議論の帰趨が注目されています。とはいえ,賃金の請求権の消滅時効について,民法はもともと1年の短期消滅時効を定めており,労働者保護の趣旨で労働基準法が2年としていたところを考えると,民法において賃金の請求権の消滅時効期間を5年としたのに,その特別法である労働基準法において民法より短い消滅時効の規定のままとするのでは規定の意味が全く逆になってしまい,理屈に合わないと思われます。

何れにしても,使用者側としてはしっかりとした労務管理をしておくことが重要になりますし,労働者側としては労働時間をしっかりと証拠化しておくことが重要であることには何も変わりありません。